2004/03
チチハル市長インタビュー(2004年1月)
中国チチハル市 東北地域振興で羽ばたき始める丹頂鶴の里〜林秀山市長に聞く
―― 一面の雪景色をみて、北国にやってきたという感じがします。
林 昨日から降りだし、夜が明けたら真っ白な世界になりました。チチハルは地理的には東経122°〜126°、北緯46°〜49°´。冬は寒いですが雪はめったに降りません。みなさまが、この幸運を象徴する大雪をもたらしてくれましたね。(笑)
―― 日本の自治体には、黒竜江省というとハルピン、大慶油田ぐらいしか知らない方も多いですので、まずチチハルの概要を紹介してください。
林 チチハル市は黒竜江省でハルピンに次いで二番目に大きい都市です。管下の7区、9県を合わせると、人口は561万人(市区人口は160万)、面積は4万2400平方キロ。日本の九州六県に匹敵するとも言われますね。とくに吉林、内蒙古と隣接している黒竜江省西部では工業が最も集中している拠点都市であり、中国における農業、牧畜業の産地としても知られています。
チチハルの町が造営されたのは17世紀末、清王朝の水師営が吉林からこの地に移ってからです。ちなみに、「チチハル」とは、当時の先住民ダウール族の言葉で「辺境」または「天然牧場」という意味なんです。18世紀には黒竜江将軍府が設置されるようになり、以来258年もの間、チチハルは省都として栄えていました。
新中国建国初期、国の第1次、第2次五ヵ年計画期間(1950〜60年)で集中的に投資が行われて多数の国有企業が誕生し、重機械、化学工業、冶金、食品、製薬、建材などを中心とした産業基盤が整いました。七〇年代末の時点で、チチハルの経済規模は大連とほぼ同じでした。しかし80年代以降、長年の計画経済の桎梏から抜け出せず発展が後れ、大連に大きく差をつけられた格好になり、多くの課題を抱えているのが現状です。
東北地域旧工業拠点振興を追い風に
―― 昨年9月、中国国務院は東北旧工業拠点の振興方針を発表しましたね。
林 東北旧工業拠点振興方針は、わが市にとって、再起をかける絶好のチャンスと受け止めています。わが市は全国でも五指に入る数の国営企業を擁していますが、こういった企業は、計画経済体制に起因する債務や余剰人員といった負担さえ解決できれば、迅速に発展の軌道に乗ることが可能です。今回、東北旧工業拠点地域は、まさにこの二つの難題解決に関し政策面における支援をいただいております。
まずは、余剰人員の削減対策です。国務院は遼寧省をモデルケースとして二年間実施した社会保障制度改革を東北地域に適用し、国営企業のリストラ人員そしてリストラ対象となっている余剰人員を解消するための受け皿をつくりました。中国ではこれまで国営企業が従業員の医療、年金、失業保障といったセーフティネット機能を代行する“国家保障=企業保障” 制度をとっていたため、人員解雇が非常に困難だったのですが、こんど国、地方政府と企業が力を出し合って、リストラ対象には勤続年間に応じた退職金を支払う制度や、また企業と個人の共同負担による積立型公的年金制度および失業保険制度が導入されたことによって、余剰人員を企業から切り離すことが可能になりました。
次は、不良債務の処理についての政策支援です。制度的原因による歴史的な債務を抱えて身動きがとれなくなっている状況に鑑み、市が重点国営企業に「政策性破産」を勧告し、国に認めてもらうことで債務の帳消しを図ったり、債務を分割し実質上縮小させる手段で国営企業の負の資産を清算する措置を取ることが可能になりました。
このほか、これまで国営企業が自ら運営していた学校、幼稚園、病院といった施設は、国と地方政府が接収されます。
私はチチハルと沿海都市との間の格差を認めます。そしてこの格差こそ、潜在的な発展可能性を意味しており、わが市の強みだと思います。上記の政策により企業の負担が軽減すれば、生産性の向上と競争力の強化は必至であり、民間投資家、外資など、戦略的協パートナーは必ず現れるものと確信します。今度こそ東北地域振興政策を追い風に、思い切った改革措置を断行するつもりです。
工業と緑色食品の両立
―― 今後、チチハル市はどのような発展を目指しているのでしょうか。
林 わが市固有のメリットはというと、伝統産業、立地及び恵まれた資源です。これを武器に、チチハルを「三大拠点」にしていくという目標を掲げております。
まずは、機械設備製造工業の拠点です。「国宝」と呼ばれた中国最大の重機械製造工場、中国市場の3分の1のシェアを誇る、アジア最大の列車車両製造工場など伝統企業を柱に、東北地域ひいては中国で影響力のある機械製造業基地として地歩を確立したいですね。
次は、化学工業の拠点です。チチハルには東北3省で最大規模の商品コークス工場があり、規模は大きくないが収益性のいい石油化学工場を数多く有しています。黒竜江省はハルピン、大慶、チチハルを石油化学産業地帯に指定しています。このエリアには豊かな石油ガス田があり、石炭化学、石油化学産業としての発展条件が備わっています。
三番目に目指しているのは、緑色食品つまり有機食品生産拠点です。中国では有機食品のことを通称「緑色食品」と言います。化学肥料、農薬の使用制限のほか、環境指標というのも、有機食品の重要な認定基準ですよね。皆様がいまごらんになった嫩江は、チベット高原のヤルンジャンポ江と並んで、「中国全土で汚染のないたった二本の川」と評価されています。それに、松(花江)嫩(江)平野は世界の三大黒土平野と言われ、土壌の有機質含有量が高く汚染がない。大気の質もごらんの通りです。(笑)そのためチチハル地域の物産では、62品種が国家緑色食品認証に合格し、国際規準の有機食品に認定されたのも少なくありません。そのため、農業部(農林水産省)から中国唯一の「緑色食品の都」の栄誉を与えられると同時に、中国緑色食品博覧会の永久開催地に指定されました。2001年から秋の丹頂鶴祭りと合わせて開催されている同博覧会は全国各地からの企業家や経済、行政関係者そして観光客で賑わい、チチハル市挙げての一大祭典になっています。
健康食志向は世界的流れです。今後は国内だけでなく、日本はじめ世界にチチハルの緑色食品をPRしたい。環境を守りながら農民の所得増を実現できるので、市としてはWTO加盟によるショックを和らげる効果にも注目しています。
―― 工業とくに化学工業は公害を伴うというのは、日本の過去の苦い教訓でもあります。貴市は工業と緑色食品の両立という、バランスの取れた街づくりを目指していますね。
林 うちの重化学工業は建国以来の基盤があり、中国の先端をいく技術に支えられ、環境に充分な配慮がなされています。しかし私どもの何よりもの味方は、豊かな自然です。市の東南26キロにある札竜自然保護区はアジア最大の湿原です。21万fに及ぶ広大な湿地には、丹頂鶴やナベ鶴など6種類の野生の鶴をはじめ、296種類の鳥類が生息しています。丹頂鶴は中国南方で越冬し、春になると必ず舞い戻ってきます。そのためチチハルは別称「鶴城」とも呼ばれます。環境が破壊されたら、丹頂鶴は住めませんよね。
旧日本軍毒ガス漏洩事件を契機にしたい
―― たいへん残念なことですが、チチハルというと、昨年8月、不幸な戦争の歴史を思い起こさせる事件がありました。被害者の方々にお見舞い申し上げますと同時に、対日感情への悪影響を懸念しています。
林 「八四事件」(旧日本軍が遺棄した化学兵器から漏れた毒ガスにより43人の市民が被害を受けうち1人が死亡)はまことに遺憾な事件で、チチハル市民に大きな傷跡を残しました。しかし、あれは歴史が残した課題であり、歴史のページはすでにめくられています。われわれは、同じ事件の再発防止のために残留化学兵器の処分など手立てを講じるとともに、平和を守り、不幸な戦争を避けるためには、この事件から何を学ぶかを考えるべきだと思います。
「禍転じて福と為す」という言葉がありますね。日本政府が速やかに対応し、中国政府と密接に協力し合って、当事者が納得するような善後策を立てたことは、市民の間で日本との相互信頼につながるプラス評価を得ました。この事件が、日本との交流を阻害する壁ではなく、新たな交流の契機になればと願っています。
―― ありがとうございます。寒い冬でも日本の関係者をこのように温かく迎えてくれる地盤がチチハルにはあることを日本国内の自治体にお伝えします。では、これまでのチチハルと日本との交流について紹介していただけますか。
林 まず、挙げられるのは、宇都宮市との交流です。今年夏に姉妹提携20周年を記念して福田富一市長率いる市民団が当地を訪問する予定です。チチハル地域は、20世紀初に日本が大量に送り込んだ開拓団のあった地で、中日国交正常化の後、多くの日本人がチチハルを訪ねるようになります。それがきっかけで日本との交流が始まって、宇都宮市との姉妹提携に至りました。宇都宮市は隔年に市民訪問団をチチハルに派遣し、文化、教育、医療の分野で両市の交流は日増しに深まっています。人的交流では、うちが医学、食品加工、建築、コンピューター分野の技術研修生を、宇都宮市は語学留学生を相互派遣。また、チチハル大学の日本語学部では日本人教師が通年で指導に当たっています。そのため市民は、日本人は中国に大変友好的であることを体験的に理解しています。
宇都宮市はギョウザで有名ですが、丹頂鶴園があることはご存知でしょうか。チチハル市が寄贈した一つがいの鶴が子を儲け、すでに8羽に増えていることを一昨年、確認してきましたよ。
チチハルには日本企業も少なくありません。92年以降投資が相次ぎ、投資額30万米ドル以上の企業は16社に上ります。業種も食品加工、建材、化学、医療機器などさまざまで、市が「生態都市」「園林都市」を街づくりの目標に掲げたとたん、さっそく日本の企業がランドスケープ会社を設立したと聞いています。
日本の自治体へのメッセージ
―― チチハルの企業招致政策を簡単に紹介してください.
林 わが市はいま、「最も柔軟な政策と、最良のサービスを提供する地域」を合言葉に、官民挙げて投資招致に努力しています。例えば、市が設立した開発区では、上下水道、電気、ガス、暖房などインフラ施設を政府投資により整備した上で無償提供し、土地譲渡権は事実無料に近い形で取得できます。国の規定による税金の減免ほか、外資企業はまず工場を建て稼動させ、数年後に納めた法人税の地方留保部分を土地譲渡料に当ててもいいと規定しています。安い、ではなく、実質無料ですよね。(笑)
いい投資環境を確保するために、わが市は許認可手続きの簡素化やワンストップサービスのほか、法の貫徹を強調し、「信用できるチチハル」のイメージ樹立を目指しています。先見の明のある日本の企業がぜひチチハルに目を向け、商機をつかんで投資し、起業することを大いに歓迎します。
―― 最後に市民の方も含め、日本の自治体へのメッセージをお願いします。
林 百聞は一見に如かず。日本の自治体のみなさん、ぜひ一度視察に来ていただきたいです。チチハル市長として、日本の自治体、市民の方のご来訪を心から歓迎します。交流を通じて相互理解を深め、互いに関心ある分野について情報交換し、両地域の共同発展を図ることができたらと願っております。
―― 本日は、お忙しい中、インタビューに応じていただきありがとうございました。
林秀山市長プロフィール
1954年1月黒竜江省生まれ。1972年ハルビン師範大学中国文学学部卒。1995年12月、チチハル人民政府副市長に就任。2003年6月チチハル市長、党組書記就任。

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