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着任御挨拶 
この度、クレア北京事務所長を拝命しました緒方です。どうぞよろしくお願いいたします。
私が北京事務所に着任しましたのは、9月17日、パラリンピックの閉会の日でした。8月8日の開会式から始まった北京オリンピックは、世界の注目を集め、中国を世界の人々に強く印象づけました。大成功に終わりましたことに心よりお祝いを申し上げます。
北京にまいりましてまだ日も浅いのですが、よく聞く話は、オリンピックを契機として環境保全の取組が随分進んだということです。大気の質もそうですし、身近なこととして、どこの商店に買い物に行ってもレジ袋がないという徹底ぶりにも実感されます。
また、職場から住居までのわずかな間にも大規模建築物の建設があちこちで進められていることに気がつきます。こういったところからも、中国経済がこれからも高い成長を続けていくことが確かなものとして感じられるところです。
日本と中国は、経済面はいうまでもなく様々な面で交流や協力を深め、非常に緊密な関係を築いてきています。また、今年は日中平和友好条約締結30周年という重要な節目の年に当たります。
こうした状況の中、日本と中国の地域レベルの交流に携わる機会を得たことを大変嬉しく思っています。今後、さらに交流が進展していくべく関係機関の皆さんとともに努力していきたいと思っています。どうかご指導ご支援のほどよろしくお願い申し上げます。
(所長 緒方俊則(総務省派遣))

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帰任に当たって 
この度、9月末に日本に帰国することになりました。私がクレア北京事務所で勤務した期間はほぼ2年半でしたが、国レベルの日中関係も比較的穏やかであり、政府首脳や地方自治体の交流も活況で話題の多い時期でした。この間、日中双方の多くの関係者の皆さんや職員の皆さんのご協力に恵まれ、多彩な活動に関わることができ、ささやかながら日中の地域間交流のお手伝いができたことを大変うれしく思っています。お世話になりました皆様方にこの場をお借りして改めて深く感謝申し上げます。
北京事務所での仕事を通じて、急速な経済成長とその影にある様々な社会のひずみに直面し、苦しみつつ変革を進める中国の姿を身近な距離から見ることができました。一方、この2年半で四川大地震をはじめ重大な災害も相次ぎましたが、こうした危急の時に全国民が救援に立ち上がる姿を見て、その同胞を思う気持ちや団結力には大変感動を覚えました。また、オリンピックの成功のために国を挙げて突き進む熱い思いにも触れることができました。
一口に中国といっても、広大な国土の中に様々な地域があり、それぞれに独特の文化や人々の暮らしが息づいています。経済その他の面で国境を越えた結びつきが強まる中、一衣帯水の日中両国の国民が少しでも多く交流の機会を持ち、こうしたお互いの国の等身大の実像について理解を深めていくことは将来的にも大きな意味があると思います。
そのためにも、日中の地方同士の交流はこれからますます重要なポイントになるのではないでしょうか。ちょうど昨年、当事務所は設立10周年の節目を迎えましたが、これも一つの契機として、クレア北京事務所が大きく変化を続ける中国の大地にしっかりと根をはり、今後とも日中の交流と友好関係の発展に一層貢献していけるよう祈っております。
(前所長 池本武広)

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あっさらーむ・あらいくむ
『あっさらーむ・あらいくむ』とは「こんにちは」という意味のアラビア語です。
私の派遣元である島根県松江市と寧夏回族自治区銀川市は2004年に友好都市となりました。銀川市の人口は約149万人(2007年)、そのうち回族が約27%を占めています。回族とは、多民族国家である中国の中にあってイスラム教を信仰する民族のことです。
| 先日、銀川を訪問した際に『銀川市穆斯林孤児院』の視察をさせていただく機会がありました。院長自らの出迎えで到着し、すれ違う子供たちやスタッフに「あっさらーむ・あらいくむ」と院長に教えていただいたばかりの覚えたてのアラビア語を発しながら施設の中に入っていくと、庭には可愛い布団が干してあり、年齢ごとに分けられた部屋には小さな机や椅子、上に布団がきれいに畳んであるベッドが目に入りました。 |
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就学前の子供たちの部屋の様子 |
そこは私設でクウェートからの補助金300万元をもとに2007年6月21日に開院、10月から子供たちが入居した新しい孤児院でした。イスラム教の聖典クルアーン(コーラン)には、「子供たちのためにお金を使うと聖人になれる」という教えがあり、それに基づき建設されたそうです。この孤児院を建てる前も、院長は恵まれない子供たちに寄付をしていたそうですが、そのお金は受け取った大人たちが使ってしまい、子供たちのために使われていないことを知り、この孤児院を建設されたそうです。
現在72名(内訳:回族64名、漢族8名)の子供たちが入居しており、そのうち4名は家の都合(祖父の病気等)で一時帰省しているところでした。身体的には障害のない子供たちばかりですが、イスラム教の教えでは『領養(他人の子を養育して養子とする。もらい子をする。)』はいけないことであるため『代養(親がいない子供を代わりに一時保育する)』のみ、つまり両親、家族が交通事故等で亡くなってしまい育ててくれる大人が周りにいない子供たちばかりです。そのような子供たちが発生した社区から民政局に通知があり、民政局からこの孤児院に通知があってこの孤児院に引き取られてくるそうです。孤児院に来た当初は、副院長がごはんを1杯食べる間に4杯食べ、その上洋服の中に食べ物を隠す子、祖母が母親を殺し、祖母自身も自殺する現場を目撃し、何一つ言葉を発しない子等今までの生活環境の凄惨さを物語る行動をする子もいるそうです。
ここに入居している子供たちの多くは、銀川市の南部に位置する海原県という県から来ていました。海原県は1920年12月、全世界で最大級のマグニチュード8.5の地震が発生したところだそうです。銀川市の南部は農村ばかりですが、現在、海原県は水不足で、銀川で一番貧しい地域となっており、小学1年生であっても学校まで10kmの道のりを歩いて通っているような決して良いとは言えない教育環境だそうです。海原県には現在、扶養者のいない子供たちが660名いるとのことで、院長は将来、この施設を1000人規模のものにしたいとおっしゃっていました。
スタッフは院長、副院長、教師(英語、アラビア語、中国語、数学、体育、生活、音楽)、保安・庭管理者、調理師で構成され、現在計18名、子供たちの将来のために英語とアラビア語を教えているのが特徴的です。現在は小学6年生が一番大きい子供たちですが、院長のお話によると、彼らたちが大学を卒業し就職するまで、また、大学に進学しない
子供たちは職業学校に通わせ就職するまで面倒をみていく予定だそうです。運営維持費は一カ月約7万元かかるそうですが、政府からの補助は子供1人当たり100元ちょっとであるためとても足りず、この費用のほとんどは、クウェートからの補助金や世界中からの寄付金等で賄っているそうです。
私が訪問した時はちょうど昼休みが終了し、院から徒歩10分ほどの距離の学校へ集団登校するところでした。みんな、点呼し、きちんと整列して登校していきました。子供たちの顔は国、民族は全く関係なくとてもかわいらしかったです。この子たちが将来活躍してくれることを心から願いました。 |
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| 学校へ集団登校するため整列中 |
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※銀川市穆斯林孤児院HP http://www.morphan.cn/
(所長補佐 周藤はるみ(松江市派遣))

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北京オリンピック雑感
17日間にわたって熱戦が繰り広げられた北京オリンピックも、8月24日の閉会式をもって閉幕しました。期間中はどこに行ってもオリンピックの話題ばかり。仕事もそこそこにオリンピック観戦に夢中といった人も多かったようですが、期間中に溜まってしまった仕事を目の前にして、あと少しオリンピックの余韻に浸っていたいという思いもむなしく、多くの市民が現実に引き戻されているようです。
今回の短信では閉幕直後ということで、オリンピック期間中に見聞きしたこと感じたことを雑感としてお届けしたいと思います。
○ボランティア
オリンピック期間中に北京を訪れた人なら、青いポロシャツを着たボランティアの姿を何度となく目にされたのではないでしょうか。期間中、実に多くのボランティアが会場はもちろん、空港や駅、街中と至るところで選手や観客のサポートに従事していました。
私自身も会場で安全検査や観客の誘導等に当たっているボランティアに接する機会がありましたが、日焼けした笑顔で精一杯観客に対応している姿からは爽やかなものを感じることができました。毎日暑い日が続く中で決して楽な仕事ではなかったと思いますが、オリンピックに関わっている喜びが彼らを支えていたのではないでしょうか。彼らボランティアの姿は旧来のいわゆる中国的サービスのイメージを抱いて訪れた多くの外国人に新鮮な印象を与えたことでしょう。
ただ一点、「おや?」と感じたのは、会場内にいるボランティアが率先して観客による「中国加油!」の先導を取っていたこと。自国開催で盛り上がる気持ちも理解できなくはないですが、ボランティアであっても大会に関わるスタッフである以上、中立であるべきなのではと思いました。もっとも、中国人選手が金メダルを獲得した瞬間、思わず歓声をあげていたボランティアの喜ぶ姿には微笑ましいものがありました。これぐらいは許されてもいいかもしれませんね。

○ジャパンハウス
オリンピック期間中、日本選手団のみならず多くの日本人の拠り所となっていたのが、JOC(日本オリンピック委員会)が北京市内のホテルに設置した「ジャパンハウス」。
これまでの大会でも事務局機能を持つジャパンハウスの設置はあったようですが、一般向けに開放するエリアが設けられたのは今回が初めてとのこと。ジャパンハウスには、我々北京事務所のスタッフも微力ながらお手伝いさせていただいた大使館デスクをはじめ、JOCオフィシャルパートナーによるブース、2016年東京オリンピック招致をPRするブースが設けられたほか、日本代表選手の競技映像の放映や金メダリストの団長賞授与式などのイベントも行なわれ、連日大いに盛り上がっていました。メダリストをはじめ日本代表選手を身近に感じることができるこのチャンスを逃す手はないと、足しげくジャパンハウスへ通った在北京日本人も多かったのではないでしょうか。(かく言う私もその1人ですが・・・)

○北京の空
さて、オリンピック期間中、選手の活躍とともに注目されたのが北京の空気。
海外から訪れる選手や観客を澄み切った青空で歓迎しようと北京市政府は大規模な交通規制をはじめ各種工事の一時停止等の様々な対策を実施しました。天候の不順もあってか、規制開始当初は思ったように青空が広がらず、ぼんやりとかすんだ中に浮かぶ鳥の巣の写真が海外のマスコミに取り上げられたりもしましたが、オリンピック本番に突入するとともに、当局の願いが通じたのかどうか天候にも恵まれて青空の日々が続きました。
北京市環境保護局の発表したところによれば、オリンピック期間中も含めた8月の大気質は24日までにすべて基準をクリアし、なかでも最良の状態であることを示す1級の日が13日もあったとのこと。この数値はここ10年では最高の水準のようです。私の実感としても「青い空 白い雲」という典型的な夏空を満喫することができた日が多かったように思います。日本から訪れた友人も、前評判で聞いていた北京の空との違いに驚いていた様子でした。
交通規制はパラリンピック終了後の9月20日まで続きますが、心配なのがそれ以降もこの状態が維持されるのかどうか。一部報道によれば、今後も交通規制を継続して欲しいとの声もあるようです。多少の不便は我慢してでも一度味わった新鮮な空気を手放したくは無いという市民の素直な思いかもしれません。一方、交通規制により経済活動に支障が生じているケースもあるようですので、軽々しくは言えませんが、私も北京に住む一人の市民として、青い空がこれからも続いていくことを期待したいと思います。

北京オリンピックは閉幕しましたが、次回の2012年ロンドン大会を経て、2016年に開催されるオリンピックには東京が立候補しています。IOCによる1次選考を経て、東京のほかに名乗りをあげているのは、シカゴ(アメリカ)、マドリッド(スペイン)、リオデジャネイロ(ブラジル)と特色のある街ばかり。いずれも東京の手ごわいライバルとなりそうですが、東京も1次選考をトップで通過した実力の持ち主、魅力では決して他の都市に負けてはいません。2016年のオリンピックが東京で開催されることを期待して、今回の短信を終えたいと思います。東京加油!
(所長補佐 前之園 毅(奈良県派遣))

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北京市内のフリーペーパー事情
フリーペーパーとは、「広告収入を元に定期的に制作され、無料で特定の読者層に配布される印刷メディア」(フリー百科事典「ウィキペディア」より抜粋)のことです。
日本では、全国で1000万部以上を発行し、ギネスブックに「発行部数世界一」と認定されている「ぱど」や、2002年11月より東京地下鉄(東京メトロ)の利用者、特に20〜30代のビジネスパーソン向けに毎月発行され、主要駅構内の専用ラックで無料配布されている「メトロミニッツ」がその代表的存在といえます。特に後者は、発行されると2〜3日で無くなってしまうほどの人気を誇り、私も昨年東京本部に在籍していた間は、発行日になると即入手して、東京メトロ沿線の最新情報を把握するとともに、従来は隠れがちであった東京の新たな一面を発見するのに非常にお世話になった雑誌であります。
今年4月に赴任したものの、中国語を殆ど話せず、北京はおろか中国への旅行経験も皆無であった私を公私ともども助けてくれたのも、日本人向けに編集された日本語版フリーペーパーでした。今回は、私の大事な「相棒」とも言える、こうしたフリーペーパーの概要をお話したいと思います。(上海、大連等日本人が多く居住するその他の都市にも、同様のフリーペーパーが存在しておりますが、今回は北京市内で配布されているものに限定させていただきます。)
フリーペーパーの形態としては、日本と同じく、雑誌形式とタブロイド紙形式の2種類に分けられます。日系のホテルや日本食レストラン、日本人がよく通うスーパー等には専用のラックが設置されており、誰でも自由に持って帰ることができます。
≪雑誌形式≫
| @ |
「Super City北京」 |
A
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左から順に「Super City」、「Whenever」、
「Concierge」、
「TOKO TOKO」の各誌 |
北京(一部天津も含む)の最新ビジネス情報、経済誌書評、求人・求職情報、北京で活躍している企業紹介等、経済関係の記事を中心に掲載しております。
「Whenever(ウェネバー)」
北京の経済動向、求人・求職、不動産等のビジネス関連の情報に止まらず、開店間近あるいは既に評判となっているレストラン、足裏マッサージ、エステティックサロン等の紹介や格安航空券を販売している旅行代理店、日本語が通じる病院、公演中(予定)の京劇・ミュージカル等の情報、さらに北京で活動している各県人会やサークルへの参加募集といった幅広い情報を掲載しており、北京初心者とって特に読みやすい内容となっております。
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月刊誌ではありますが、日本各地で発行されている「○○Walker」に近い内容であり、無料でこのような役立つ情報を入手できることから、個人的に非常に重宝しております。 |
| B |
「Concierge(コンシェルジュ)」 |
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掲載している内容は上記Aとほぼ同じです。中国語学校等のカルチャースクール情報が若干多いとともに、連載記事として、中国でビジネスを展開するのに必要となる法律、会計及び税務に係る知識、賢い資産運用術、中国経済の最新動向紹介等、Aよりもビジネス面の強い内容となっておりますが、こちらも非常に重宝している雑誌です。また、2007年には読者投票による「第1回北京レストランアワード」を主催し、20部門毎にそれぞれ最多得票を獲得した店を表彰した実績も有しております。 |
| C |
「TOKO TOKO」 |
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1997年6月、北京初の日本人向け月刊総合情報誌として創刊され、雑誌名には「読者が有益な情報を得て街に繰り出してほしい」という意味が込められているようです。
雑誌名のとおり旅行関係の特集が毎号で組まれており、今年6月号では、近年リゾート地として注目度が高まっている海南島(海南省)の魅力を、7・8月合同号では、中国での鉄道旅行の魅力をそれぞれ紹介しております。今後、中国国内を旅行する際の貴重な情報源として活用していきたい雑誌です。 |
≪タブロイド紙形式≫
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2007年4月から、上海に続いて北京でも発行されるようになったフリーペーパーです。上記の雑誌形式と同様に、北京市内の最新情報や中国の経済・社会動向、各県人会等のメンバー募集はもちろん、東京中日スポーツとの提携により、日本国内の最新の芸能・スポーツ情報を掲載しており、しかも週刊誌であることから、速報性もある程度確保されております。 こうした情報については、ネットを検索して知ることもできますが、慣れ親しんできたスポーツ新聞独特の段組みや見出しを見ると、不思議な安心感を覚えます。(私の中国語の先生も、以前これを手にしており、細かい内容までは分からないが、ここから日本の最新情報を入手しているとのことでした。) |
| A |
「Jブリッジ」 |
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同じく2007年の2月から、@に先駆けて発行が開始されたとのことですが、これについては、実はまだ目にしたことがありません。
ネット上に記載された情報によると、「日本の1週間」、「スポーツ1週間」、「芸能1週間」といったコーナーが1面ずつ設けられており、日本の最新情報を手軽に入手できるようです。
ネット上に記載された情報によると、「日本の1週間」、「スポーツ1週間」、「芸能1週間」といったコーナーが1面ずつ設けられており、日本の最新情報を手軽に入手できるようです。
さらに、「中吊りコーナー」として、日本で発行されている各週刊誌の電車の中刷り広告を並べて掲載するという企画もあったようで、中刷り広告に慣れ親しんでいる日本人の心を掴むのが上手だなあ、と思わず感心してしまいました。 |
一方、北京市民(中国人)向けのフリーペーパーとしては、「北京事務所だより」第178号の短信「北京の新聞事情」で取り上げたとおり、2007年11月から、北京日報報業グループに属する「北京娯楽信報」社が北京市地下鉄運営有限会社と契約を締結して、「北京娯楽信報」を毎朝、地下鉄駅内で無料配布しております。(会社名、契約内容については、済龍(チャイナプレス)のホームページ掲載記事から抜粋)
北京市初の地下鉄新聞ということもあってか、市民にも好評のようであり、朝の通勤ラッシュ時の車内及び駅構内では、この「信報」を手にしたり、そこに掲載された記事に目を通したりしている市民の姿を数多く見かけます。
その内容ですが、8月に入り北京オリンピック関連の記事が紙面の半分以上を占めるようになりましたが、新聞名ともなっている娯楽(芸能)記事に止まらず、北京市政府からの通知、国内外の諸情勢、経済関連、スポーツ関連等々、多岐にわたる記事を掲載しております。
日本でこうした新聞を入手するには120〜130円、中国元に換算すると7〜8元必要なのですが、無料で配布され、中身も結構充実しているとなれば、市民に受け入れられたのも納得できます。
余談ですが、「信報」は各駅で複数の係員が1部ずつ手渡しで配布しており、読み終わったものについても、日本のような新聞や雑誌専用のゴミ箱は存在せず、回収専門の係員が手渡しで受け取っていました。日本であれば、真っ先に「リストラ」対象となる業務なのでしょうが、中国の奥深さと不可思議さを垣間見た思いです。
(所長補佐 角森一博(京都府派遣))

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オリンピックを迎えた街の様子
つい先月までは、街の中にはオリンピックを感じさせるものが余りありませんでしたが、7月上旬頃からは、街の雰囲気が一気にオリンピックムードになってきました。
今回は、オリンピックを迎えた街の様子をご報告したいと思います。
<オリンピック期間中の規制について>
現在、北京市内では7月20日から9月20日までのオリンピック期間中、車のナンバーによる交通規制(偶数日は偶数ナンバー・奇数日は奇数ナンバーの車両だけが通行可)が行われています。加えて市内の主要な二環路、四環路、五環路、空港高速道路などでは4車線あるうち、内側の1車線はオリンピック車両専用、外側の1車線は、今までどおり路線バス専用となっています。そのため、通行車両数は減りましたが、通行が中央の2車線に集中してしまうため、残念ながら規制前と同じように渋滞しています。
また、規制のため工事業者のトラックが自由に行き来できないうえ、北京 <建国門外大路付近>市の建設委員会より通知が出ており、期間中工は事をすることができないため、知り合いのお店も工事が終わらず開店が延期になりました。
こうした中、7月19日には北京地下鉄10号線(1期)、オリンピック支線(8号線)(ともに料金は2元(約30円))、空港線(料金は25元(約400円))などが開通し、新たな市民の足として利用されています。
<街の様子>
車道の両側には、オリンピックの旗が立ち並び、工事現場の壁にも大々的にオリンピックのスローガンが掲げられています。また、オリンピック旗や国旗をつけている車をよく見かけるようになりました。
街角にはボランティアステーションが設置され、期間中に訪れる観光客への情報提供、通訳、応急手当などにあたります。この他にも治安ボランティアが道端に立ち、警護にあっています。ニュースによるとこの治安ボランティアは、北京市内に約29万人いるそうです。
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| < 交 差 点> |
< 工 事 現 場> |
<ボランティア ステーション> |
開幕式まであとわずか、街のオリンピックムードも盛り上がり、ますます楽しみになってきました。
(所長補佐 牛丸剛一(高山市派遣))

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北京首都国際空港『第三ターミナル』がオープン
8月のオリンピック開催を控え、2008年2月29日、北京の空の玄関口である北京首都国際空港に、新しいターミナルビル『第三ターミナル(T3)』がオープンしました。オリンピック観戦を含め、今後業務等で日本から北京に来る場合には、このターミナルを使用することになります。今回、様々な機能・施設を備えた新ターミナルについて紹介します。
(概要)
第三ターミナルは総工事費38億ドル、建築面積96.2万平方メートル、単体の空港ターミナルとしては世界最大級の 大きさで、サッカー場が126個入るほどの大きさとのことです。空から眺めると、その形が飛行機の翼にも、または龍の形にも見えると言われています。第三ターミナルの開設により、同空港の1日の発着能力は、従前の1,000便から1,700〜1,800便と大幅に拡大しました。
第三ターミナルは移転第一段として、2月29日に山東航空、四川航空、カンタス航空、ブリティッシュエアなどの6社が移転し営業を開始しました。当日は特に混乱も無く、無事に搭乗出来たとのことです。第二段としては、3月26日に日本航空や全日空、中国国際航空、キャセイパシフィックなどの、日本人にも馴染みのある航空会社が移転しました。現在、第三ターミナルでは国内外27の航空会社がサービスを提供しています。
ちなみに、第一・第二ターミナルは現在でも使用中であり、主に国内航空会社が利用しています。第一・第二ターミナルと第三ターミナルとは、滑走路を挟んで対面に建てられ、約7km離れています。そのため、北京首都空港から搭乗する際は、航空会社がどのターミナルを使用しているのか、事前に確認する必要があります。
第一、第二ターミナルと第三ターミナルとは、この間のアクセスは無料のシャトルバスがあります。シャトルバスは7分おきに発車し、両ターミナルを約15分で移動します。
(チェックイン)
第三ターミナルはチェックインカウンターの数も大幅に増えました。そのお陰で、以前に比べると待ち時間も比較的短時間で済むようになった気がします。しかし、搭乗手続きの締め切り時間は、国内線は出発の45分前、国際線は60分前となっており、他の空港より早いため注意が必要です。その他、手荷物検査は以前に比べて窓口も多く余裕があるようで、渋滞が減りました。
また、第三ターミナルはC楼・D楼・E楼の3つの建物から成り立っており、チェックインカウンターはC楼、国際線搭乗口はE楼にあります。そのため、国際線に乗る場合、C楼からE楼までの2,080mを160人乗りの連絡シャトルで移動します。ちなみに、国際線の出発フロアはE01からE36まであるため、C楼での搭乗手続きを行ってE楼の最も遠い搭乗口まで移動するのに45分程度かかり、余裕をもって行動することが大切です。ちなみに国内線の搭乗口はC楼内にあるため、比較的短時間で移動できます。
(設備)
第三ターミナルは旅行客が快適に過ごせるよう、随所に工夫がなされています。トイレや銀行、ATMが数多く設置 されている以外にも、搭乗客の楽しみとしてショップやレストランも充実しています。商業区がなんと建築面積の約5%、52,670uを占めていると言うから驚きです。その中の三分の一が飲食店で、ファーストフードから中華料理、中華茶館、バーなど世界中の食べ物が用意されています。さらに嬉しいことには、一般的に空港内の飲食店は市内より割高なのが普通ですが、第三ターミナルでは北京市内と同一価格が実現されており、気軽に食事を楽しむことが出来ます。
その他、無線ネットの接続、マッサージ、美容院、シャワー室、仮眠室のほか、映画館まで用意されているため、今まで空港へはフライト直前にチェックインしてきた人々も、今後は早めに空港に到着して、旅のひと時を楽しむのも一興かもしれません。
(オリンピックに当たってのターミナル整備)
外資系の航空会社は主に第三ターミナルを利用していることから、海外のオリンピック選手や関係者はもちろんのこと、海外観光客の多くも第三ターミナルを積極的に使用することになります。実は、第三ターミナルにはオリンピック専用のゾーンが設けてあり、オリンピック関係者が便利に利用できるような配慮がなされた設計になっているとのことです。残念ながら、一般客は見ることも使用することも出来ませんが・・・。
(交通手段)
上記したとおり、第一・二ターミナルと第三ターミナルは滑走路を挟んで対面の場所にあるため、搭乗する際、どのターミナルを利用するか、事前に確認する必要があります。
タクシーで第三ターミナルに向かう場合、進入方向から手前(2番〜8番出入り口)が国際線、奥(10番〜12番出入り口)が国内線のチェックインカウンターの位置となっているので、知っておくと便利です。反対に、第三ターミナルから市内へ向かうタクシー乗り場は、一階の1番出口付近と9番出口付近の二箇所です。
また、北京市内と空港を結ぶバスは6路線あり、値段は一律16元です。北京市内を出発したバスは、最初に第三ターミナルに停車後、第一・第二ターミナルへ行くため、第一・第二ターミナルで搭乗する人は、従来より30分程度、時間がかかります。
北京市内から空港に向かう鉄道は、7月19日頃に開通し、これにより市内の東直門から第三ターミナルまで約20分で到着できるようになりました。
(最後に)
北京国際空港の年間利用客数は1980年代およそ113万人でしたが、改革開放以来、年間約100万人のスピードで上昇し、今では年間約5,000万人に達していると言われています。今回の第三ターミナルの開設は、北京オリンピックだけでなく、今後、中国が国際社会に羽ばたく重要な拠点、「空の玄関口」として、大いに注目を浴びていくものと思われます。
所長補佐 伊藤篤宣(新潟市派遣)

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中国のテレビ事情
中国のテレビはチャンネル数がとても多いことで知られていますが、先日自宅のテレビで数えてみたら57チャンネルもありました。
全国放送の中央電視台(CCTV)が15チャンネル、北京電視台(BTV)が9チャンネル、これに省、直轄市など地域ごとのローカルテレビ局や衛星放送が加わってこのような数になっています。
中国の視聴形態は、個人がアンテナを使って放送を受信するのではなく、大多数の世帯がケーブルネットワークを経由してテレビを視聴しています。そのため、中国のケーブルネットワークは世界最大規模を誇るまでの発展を遂げています。
今回は、中国のテレビ事情について、私見を含め触れてみたいと思います。
■テレビ番組の見方
日本であれば、事前に新聞のテレビ番組欄などで放送番組の内容をチェックして興味のある番組を視聴するか、放送時間に視聴できない場合は、録画をするのが一般的ですが、驚くことに中国にはこのような習慣はないようです。
膨大な数のチャンネル数がある上に、中国の新聞にはテレビ番組欄はあっても、番組ごとの内容が詳しく書かれていないので、見所などを把握することができません。また、各地域のテレビ局では、中央電視台と地元の放送局の番組を流すほか、他の放送局が制作した番組も流しますので、極めて複雑です。
では、どうやって番組をチェックしているのでしょうか。面白いと思った番組のチャンネルと時間帯などを覚えておくか、または、テレビで事前に流れる放送予定を見て、見たい番組を決めているのではないかと思われます。
私は北京で生活していて、テレビのどのチャンネルで何を放送しているかさっぱりわかりませんので、テレビのリモコンをひたすら回して面白そうな番組に行き着いたら、しばらく見ることの繰り返しです。日本人の同僚に聞いたら、やはり同じ方法で見ているとのことでした。
■テレビ番組の構成
テレビ番組は、ニュース、音楽、スポーツ、映画、ドラマ、演劇、生活、アニメなどバラエティーに富んでいますが、日本に比べて娯楽番組が少なく、ドラマの放送時間帯が多いように感じられます。
また、ドラマの放送は、日本では週に一度放送するのが通常ですが、中国では例えば毎日1話から3話ずつを2週間ほど続けて一気に放送したりします。見逃さないように、毎日同じ時間帯にテレビの前にいるのはたいへんですが、中国の人は続きが放送されるのを一週間も大人しく待ってなどいられないようです。そして、人気のあるドラマは別のテレビ局でも放送され、同じドラマが何度も繰り返し放送されることになります。
最近は、中国においても韓国のテレビドラマが人気で「大長今(チャングムの誓い)」が大ヒットし、現在もいくつもの韓国ドラマが放送中です。また、日本のアニメもよく放送されていて、日本のアニメを見て育った中国の若者が増えています。
中国人の同僚に聞いたら、「湖南省電視台」は人気放送局のひとつだそうです。数年前に「超級女声」(中国版「ASAYAN」もしくは「スター誕生」といったところ)という番組で、視聴者数4億人から300万票を獲得し、15万人の応募者の頂点に立った「李宇春」は現在、中国全土で活躍しています。
私が中国のテレビ放送を見ていて一番つらいのは、CMが長いことです。中国のテレビ局は全て国営ですが、日本のNHKのように受信料で経営を行っているのではなく、広告収入やイベント収入などで経営していることがその理由なのですが、よく耐え切れず、チャンネルを変えてしまうことがあります。
■おわりに
北京へ赴任して1年3ヶ月、残り生活は9ヶ月となりました。北京に来たころは、すぐにテレビの放送内容を聞き取れるようになるかと気軽に思っていましたが、いまだにあまり聞き取れません。
日本に帰るまでには、ある程度の内容を聞き取れるようになりたいというのが私の現在の目標です。
(所長補佐 和光達夫(山梨県派遣))

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北京のバス事情
現在、北京市内には500以上のバス路線があります。市内路線、郊外路線、深夜運行路線等、様々な路線があります。最近では、北京市内から近隣の河北省の市(廊坊市等)まで路線を伸ばしているものもあります。
主な市内の観光地等には路線が必ず通っていますので、直通若しくは数回の乗り換えで行くことができ、非常に便利です。

これまで故宮、天壇公園、頤和園、北海公園、動物園等にバスを利用して行きました。また幹線道路には、バス専用車線もあり、渋滞等の影響もあまり受けません。
バス車内のアナウンスも最近では中国語に続いて英語でも行われ、中国語のわからない外国人にも乗りやすくなっています。
それに料金が安いのも魅力です。ほとんどのバスが1元(約15円)で、公共交通カードを使うと、なんと0.4元(約7円)です。(運行距離の長い路線では、対キロ区間制が導入されていて、12Km以内は1元、超過5Km毎に0.5元(約8円)加算される。)
地下鉄が2元((約30円)、タクシーが初乗り10元(約150円)ですので、その安さは歴然としています。
もちろん難点もあります。クーラーが装備されていないバスが、まだかなりあり、夏等、気温の高い時期で乗客が多い場合は、少し大袈裟な表現かもしれませんが、車内はサウナに入っているような状態になります。それと時刻表がありませんので、バス停で待っている際、次のバスがいつ来るのかがわかりません。大概は10分も待てば来ますが、時には自分の乗る予定の路線のバスがなかなか来ず、待っている間に、他の路線のバスが何本も連続で来たりすることもあり、時間がある際はそのアバウトさを楽しむ余裕もありますが、急ぎの際は、本当に困ります。
以上のような問題もありますが、便利なので乗ってしまいます。
私は車内ではできるだけ、周りの人達の会話に耳を傾け、中国語のヒアリングの練習をしています。教科書等に載っている形式的な会話ではなく、普通の庶民の会話で、時には訛りもあり、聞き取ることはなかなか難しいですが、それだけに聞き取れた際は最高に嬉しいです。
北京での滞在期間も1年をきりました。週末等、休みの際は、できるだけ北京の庶民の「足」であるバスに乗り、のんびりと市内散策を楽しみたいと思っています。
(所長補佐 橋本浩之(京都市派遣))

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中国の教育レベルを体感!
今年から中国の祝日が変更となり、4月(今年は4日)に『清明節』という祝日ができました。この祝日を利用して、私が自治体国際化協会に派遣されると決定した2年前、私の初めての中国語の先生となってくれた方を訪ねました。彼女は、当時、JETプログラムで私の派遣元・松江市に国際交流員として来日していて、現在は浙江省舟山市に勤務しています。
舟山市は上海の南東部に位置する列島で、人口約97万人、中国仏教四大聖山の一つ普陀山があります。水産業が主要産業(宮城県気仙沼市と友好都市提携もしている)らしく、魚介類がとても新鮮でした。食事の際、活きた海老が調味料に浸かってピョンピョン跳ねながら登場してきたときには『白魚の踊り食い』を彷彿とさせました。
松江で2年前、彼女が当時小学6年生の娘さんを残して1年間日本に赴任していることを聞き、いくら日本が男女共同参画を掲げていても同様のことができるものだろうかと考えさせられたのですが、今回、その娘さんにも初めて会うことが出来ました。娘さんの部屋には「ミッキーマウス」や「スヌーピー」の他、「クレヨンしんちゃん」、「キャプテン翼(っぽいもの)」のグッズもあり、日本のアニメが中国で受け入れられている様子を肌で感じました。
そして何よりも印象的だったのは、娘さんが中国南方地域の、しかも島に住んでいるにも関わらず、とてもきれいな標準語を話していたことでした。家庭では両親に敢えて標準語で育てられ、学校でも標準語で教育を受けているため、方言をあまり話すことができないし、聞き取れないことも多いということでした。事実、両親が知り合いの人と方言で話をしていても、聞き取れない部分があるらしく「告訴我〜(私にも教えて〜)。」とお母さんに通訳をねだっていました。(その姿に、中国語が身体をすり抜けるばかりで会話に入れず疎外感を受けていた私は少し親近感を覚えましたが…。)
ただ、舟山の方言では「こんにちは」と聞き取れる発音の言葉が「魚取りに行くんですか?」、「さようなら」が「(舟の)ガソリンがなくなりました。」という意味になるとのことで、地理的に日本に近いこともあり、もしかしたら、この辺りの言葉の影響を受け日本語はできあがったのではないかと思えるほどです。そのユニークな方言、歴史ロマンが徐々に廃れていくのかも…と感じ、少々寂しくもなりました。
また、彼女は小学3年生(現在では北京、上海などの大都市の他、舟山市においても「小学1年生」となっている)の時から英語の授業を受けているそうで、中国語も覚束ないのに中国にいる外国人の私を少々不審に感じながらも、彼女は流暢に英語も操りながら気遣ってくれました。
舟山市の人口規模はさほど大きくなく、また島だと言っても、中国沿岸部に位置しているので、内陸部の状況とは全く別ものと認識しなければならないでしょう。それでも、こんな風に中国の教育レベルの高さを肌で感じ、そして日本の教育状況を振り返ってみると、どうしても危機感を覚えざるを得ませんでした。
(所長補佐 周藤はるみ(松江市派遣))

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着任の御挨拶
この度、京都府から派遣されました角森一博(つのもり かずひろ)と申します。
今回の派遣の話を頂戴するまでは、北京はおろか中国大陸を一度も訪問したことがなく、北京(首都国際)空港に降り立った瞬間から、生活習慣や交通ルールの違い、噂通りの「霞がかった」空気に戸惑う日々が続いております。それと同時に、六本木ヒルズや東京ミッドタウン等と比べても見劣りしない高層ビル群が林立する中で、古い建物が混在していたり、それらの建物を躊躇なく取り壊す作業が進んでいたりと、日々刻々変化する街並みを眺めながら、現在の中国社会の持つエネルギーやダイナミズムも感じております。
従来から、勤務を離れたところで、都市観光の振興や「地域ならではの魅力」の再発見を通じた「住んでよし、訪れてよしのまちづくり」に強い関心を持ち、交流人口の増加等観光振興に関する情報を個人的に調査、収集してはいたのですが、昨年1年間のクレア東京本部での勤務を通じて、国内外の文化・経済交流や専門的分野に係る国際協力、さらに「多文化共生」に地方自治体が取り組むことの重要性も認識することができました。
今年夏の北京オリンピック、さらに2010年3月からの上海万博、という世界的な2大イベントが開催される国で、しかも、その期間中に仕事をするという又とない機会を得られたことは、今後の私の公務員生活にとってかけがえのないものになると確信しております。
2年間という短い期間ではありますが、中国及び中国の地方政府との文化・経済交流等を求める地方自治体の皆様に少しでも役立つ情報を収集・発信するとともに、皆様が中国において活動される際には、出来る限りの支援を行ってまいりたいと存じますので、何卒よろしくお願いいたします。
所長補佐 角森一博(京都府派遣)

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着任の御挨拶
このたび、北京事務所に配属となりました前之園毅(まえのその たけし)と申します。
中国にはこれまで何度か出張や旅行で訪れたり、中国関係の業務を担当したり、中国語を勉強したりと何かと関わりを持ってまいりましたが、まさか実際に中国に住む機会が我が身に訪れようとは思いもしませんでした。それが、今、ふと気づけば中国の大地に立ち、中国の空気を吸っている私がいるわけですから、本当に人生何が起こるか分からないものです。
しかし、オリンピックを間近に控えて世界中の注目を集めるこの中国で仕事ができるのも何かの縁、この縁に恵まれたことに感謝しつつ、中国へ関心をお持ちの地方自治体の皆様のお手伝いができるよう微力ながら全力を尽くしてまいりたいと考えております。同時に、この時間と空間を自分なりにしっかりと楽しむことができればと思っております。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
所長補佐 前之園毅(奈良県派遣)

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帰任に際して
2006年4月に北京へ赴任してはや2年が経とうとしています。
8月の北京オリンピックを前にして日々変化する北京の街を見ながら過ごすことになりました。家の近くでは、ぐんぐん空に向かって伸びている高層ビルを建設していますし、その近くでは、地震がきたらどうするのかと、見るたびにはらはらするCCTVのビルも建設中です。その近くを、農民工の人々が並んでとおりを横切っていきます。近代的なビルのショッピングモールではブランド物の袋をいくつも抱えた人が歩いているかと思えば、一方で、マクドナルドでテイクアウトをしたコカコーラを指差して「それがほしい」と付いてくる子供がいたりします。北京の街は、日々変化し、かつ様々な要素を併せ持っています。
北京を離れて、出張またはプライベートで、中国各地へ出かけることもありました。経済、農業、観光、環境など各地域での取組みを見、土地柄を見、人に触れ、中国の状況に直に触れることができました。
また多くの方と出会い、言葉を交わしました。生身の人間同士での交流を重ねていくと、生活感覚の面では、日本人、中国人、という差はほとんど感じません。物価の相違からくる相場観の違いはありますが、食事にかかる物価が安い分、外食を気軽にできるので、頻繁に友人と会って食事を共にし、十分に生活を楽しんでいるように見えます。
北京への赴任が決定した頃は、大規模な反日デモが発生し、同僚や知人に「大丈夫?」と心配されたものですが、各地で出会った人々は、仕事かプライベートかを問わず、「袖振り合うも多生の縁」というくらいに知り合えたことを喜び、気軽に電話番号を教えてくださったり、遊びにきたら連絡してください、と言ってくださったりしました。
中国で生活した2年間に、ここでは書ききれないほど多くのものを中国の人や風土、文化の中から分け与えていただきました。帰国後も、機会を見つけて日中間の交流に関わっていきたいと思います。
最後に、日中双方のお世話になりました皆様に感謝を申し上げます。
所長補佐 川端素子(埼玉県派遣)

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帰任に当たって
2年間の北京での暮らしとクレア北京事務所での業務は、私にとって大変貴重なものとなりました。地方自治体の中国での活動の支援、現地事情の調査やその発信、国際協力や人的交流の取組み、各種イベント、旅遊博での自治体PRなど、そのどれもが印象的で有意義なものでした。また、当事務所10周年記念事業に関われたことも思い出となりました。
これらの事業を通して、仕事の進め方や物の考え方の日中の違いを体験し、また多様で広大な中国では気候・文化・民族・経済等の面で地域毎に事情が大きく異なることも知りました。この日中の相違点や中国の多様性を理解することが、交流を円滑に進めるための基礎になると思います。
また、近年活発化している中国人訪日観光客誘致・物産品の対中輸出については、この取組みには中国ペースに合わせる度量・能力と長期的に取組む覚悟が必要ではありますが、今後の見通しは大いに明るく、日中双方の努力によって今後更なる前進が図られることと思います。また、姉妹交流や友好交流といった多分野における息の長い交流は、この取組みを下支えし、その蓄積が大きな力ともなり得ます。
駐在期間中は事務所の活動を通じ、中国の地方政府・関係機関はもちろん、日本の様々な機関、企業の方々と出会い、貴重な経験をさせていただくことができました。この場をお借りしてお世話になった皆様に深く感謝申し上げます。なお、帰任後は、青森県商工労働部国際交流推進課にて、中国ほか各国との経済面での交流業務に携わる予定でおりますので、皆様には今後ともご指導、ご支援の程よろしくお願いいたします。
最後に、皆様のご健康とますますのご活躍をお祈りいたします。
所長補佐 菊池礼仁(青森県派遣)

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帰国あいさつ
2006年4月、一家慌しく日本を離れ北京に赴任しました。
人口13億人以上と言われる中国、そしてその首都北京の北京国際首都空港では、喧嘩をしているかのような大声で話す人、どんより曇った空、そして暦の上では春ですが冬を感じさせる冷たく強い風が私たち家族を熱烈歓迎してくれました。
まだ記憶に新しいことですが、早いもので2年の時が過ぎ、この度クレア北京事務所での勤務を終え帰国することになりました。
北京事務所の勤務では、日中の国際交流に携わる中国人はもちろんのこと、地方自治体職員や民間企業の方々など多くの日本人とも交流することができ、これまで得られた知識や経験、人脈は大変貴重なもので一生の財産となりました。今後は、これらを糧に帰任する宮崎市のために役立てたいと考えています。
北京勤務の2年間、病気や事故などでリタイヤすることもなく、無事に終えることができますのも、数え切れない多くの方々の支えがあったものと考えています。この場を借りて感謝申し上げます。有難うございました。
所長補佐 金丸徳男(宮崎市派遣)

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2年間の北京生活を終えるにあたって
2年間の北京生活は大変有意義なものでした。出張や旅行を通じ、広大で多様な中国を肌で感じることができました。高層ビル群が立ち並ぶ大都市、親日的な都市、自然豊かな都市、今後の発展が待たれる都市と、訪問した各都市の印象はそれぞれで、また現地の方々のキャラクターも全く違うことを実感し、“平均的な中国”というものはどこにも無いのかなと改めて考えています。
また、クレア北京事務所のみなさん、そして中国外交部、中国日本友好協会、各地方政府外事弁公室の方々、また日本人駐在員、宮城県人会の方々、中国笛の先生、日本料理屋の店員さん、日本語を学習する大学生など、数多くの人達と交流できたことは私にとって一番の成果であり思い出となりました。
特に中国の方々との交流を通じて、人と人とのつながりを本当に大切にされることを痛感したとともに、日本に旅行で来ていただくにも、日本の物に興味をもっていただき買っていただくにも、まずは日本のことをよく知ってもらい、また中国の方々の習慣や考え方、嗜好などをよく理解することから始まるものだと考えさせられました。またそのためには日常的な交流を大切にし、出来るだけ直に接し、相互理解を深めていく必要があるのだと感じさせられました。
クレアに派遣されるまで海外旅行にすら行ったことがなかった私ですが、今では中国が大変身近なものとなり、地元・仙台からいつでも行けるのではと思うまでになりました。これも駐在期間中に出会った方々のおかげだと思っています。今後とも機会を見つけて中国各地に足を運んでみたいと考えています。
最後に2年間の北京生活でお世話になりました方々に、この場を借りてお礼申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。
*帰任後は、仙台市交流政策課で勤務することになりました。今後ともよろしくお願いいたします。
所長補佐 菅原 大介(仙台市派遣)

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野望
時が経つのは早いもので北京に赴任してもうすぐ1年が経過しようとしています。昨年1年間を振り返ってみますと、これまで出会ったことがない幅広い分野の方と出会う機会が数多くあったように思えます。大企業の代表の方からマジシャンの方まで。
中国に進出した当時のことや今、抱えている問題といったことなど、ためになる話を聞くことがありますが、なかでもひとつよくでる話題があります。
それは・・・『中国の全国制覇』
「せっかく中国に滞在しているのだからいろんな地域に行ってみたい。」これは、長期滞在する者が一度は考える野望だと思います。私も赴任当初からこの野望を成し遂げようとしてきましたが、34の省・自治区・特別行政区(台湾省を含む)のうち20箇所。(今回の滞在以前に訪れた分を含む。詳細:下記地図参照)まだまだ道のりは果てしなく遠い・・・というのが現実で中国の広さを痛感します。
やはりチベット自治区・青海省などの遠隔地が時間的になかなか制覇できなく、この野望の達成に大きく立ちふさがるとのことでした。
まだ、全国制覇をされた方にお会いしたことがないのでかなり達成困難な野望なのだと思います。
ちなみに、中国の行政区画は次のようになっています。
※ は地方各級人民政府である
(注1)特別行政区、民族自治区は省略している。
(注2)本図は典型的なものを記載した基本図であり、県級市や市管轄区の下には、街道弁事処のほか、郷や鎮が存在する場合がある。
(注3)居民委員会、村民委員会は、県級政府の指導の下、必要な行政サービスなどを行う住民の自治組織である。
日本が都道府県と市町村の2層制をとるのに対し、中国は、省級、地級、(地区級)、県級、郷級の4層制をとっている。各級毎にそれぞれ議会、議会、行政、司法機関を有しながらも、各機関は中央機関及び上級機構の指導の下にある。
省級には、省(23)自治区(内蒙古・広西チワン族・チベット・寧夏回族・新疆)、直轄市(北京・天津・上海・重慶)及び特別行政区(香港・マカオ)があり、これらは日本の都道府県に相当する。以下、地(区)級には地区・地級市・自治州が、県級には県・県級市・市管轄区・自治県等が、郷級には郷・鎮・民族郷などがそれぞれ存在する。
所長補佐 牛丸剛一(高山市派遣)

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中国のバレンタインデー
2月14日の昼休み、事務所の近くにオープンしたばかりのコーヒーショップに行きましたら「今日はバレンタインデーだから女性のお客さんにこれを差し上げています」、と1本のバラをプレゼントされました。そういえば前日、NHK(家のテレビではNHKが入ります)でバレンタイン特集を組んでいました。今日はバレンタインデーか・・とメニューボードをみると「情人珈琲」(バレンタインコーヒー)というメニューがありましたので、バレンタインにちなんでこれをたのんでみましたら、ミルクコーヒーの中にバラの花びらと蕾が入っていました。
日本では、チョコレート会社の戦略によって私が物心ついた頃には既に「女性から男性にチョコレートを送る日」ということで定着していましたので、女性だけにバラをプレゼントするというサービスはやや腑に落ちない感じがしましたが、中国では日本とはまた違った風習があるのかもしれません。職場に戻ってバラを水にさして飾っておきましたら、「バラが飾ってある」と現地スタッフの女性陣に好評でした。
夕方、中国人の友人(女性)と会った際に、やはりバラを1本持ってきてくれました。
そのあと、バーストリートへ行き散策しておりましたら、マイナスの気温の中、たばこ売りや串焼きの屋台に混ざって何人かのバラ売りが店を出していました。夜、寒空の中で静かに咲いているバラの花はセピア色の写真に少し色がついたような雰囲気をかもしだします。通りでは、1本のバラや花束を持った男女が何人も行き来していました。きっと男性から女性に花束を贈っているのでしょう。私の携帯電話に、遠方の中国の友人から、「バレンタインデーを楽しんでくださいね。」というショートメッセージが届きました。それを活用して私も別の友人に送信してみました。
中国では、バレンタインデーは「情人節」といいます。聞いたところによると、都市部を中心に、恋人同士では、男性から女性へバラを中心とした花束やプレゼントを贈ることが流行しているとのことです。また、友人が私にバラを持ってきてくれたように、バレンタインデーの機会を利用して気軽に友人同士で花やプレゼントを贈ることもあるようです。一部には、高級ホテルが銘打って売り出す「バレンタイン豪華ディナー」を食する人もあるようですが、私の周囲では、日本のように大々的に宣伝され、特設チョコレートコーナーが出現して一大行事になっているといった光景はみられませんでした。
ちなみに、ホワイトデーは、ネット上では「白色情人節」と訳されています。バレンタインデーがこのように割合とひっそりと進行しているくらいですから、ホワイトデーは翻訳上存在しても、人々の認識には上らないもののようです。
所長補佐 川端素子(埼玉県派遣)

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中国の運転マナーについて
中国に初めて来た日本人が、街を出歩いて最初に感じる(体験する?)、ものの一つに、中国の交通ルール・運転マナーが挙げられると思います。残念ながら、日本人の目から見て、中国人の運転マナーは決して良いとは言えません。
私が北京に赴任してから、9ヶ月が経ちました。最近では、中国での運転マナーに少しは慣れたつもりですが、それでも、未だにタクシー乗車中や横断歩道を渡るときなど、ヒヤリとすることが多々あります。
そのため、街を歩いていると交通事故の現場をよく見かけます。中国は世界一、交通事故の死亡者、負傷者数を抱えているというのも頷けます。実際、2005年のデータによると、中国の自動車保有台数は世界の1.9%にもかかわらず、交通事故による死亡者数は世界の15%(98,738人)という数字が示されています。
その主な原因は、歩行者による交通違反が15%程度なのに対し、ドライバーによる交通法令違反が70%以上を占めています。このことからも、交通事故の主要因はドライバー側にあり、運転手のマナーに対する意識が低いことが伺えます。
実は先日、中国人友人の父親が交通事故に遭いました。暗い夜道、車道を横断しようとした瞬間、側面から来たバイクに猛スピードで衝突されたそうです。その道は一方通行だったにもかかわらず、バイクは進行方向から逆走して来たとのことです。父親は意識不明のまま、すぐ救急車に運ばれて入院し、脳出血で2,3日間、昏睡状態が続いたそうです。幸い現在は意識も回復し、リハビリを続ける日々だと聞いていますが、入院期間中、友人の家族に対する不安は深刻なものでした。
しかし彼はまた、当時を振り返り、周囲の知人が運転手を捕まえてくれたことが不幸中の幸いであったと話していたことに、私はとても驚きました。中国では交通事故を起こしても、中国の自動車保険制度上の不整備な面や、運転手の保険加入意識の欠如などから、運転手が被害者への賠償責任をとれないこともあり、ひき逃げを起こすことも多いそうです。
急激な経済発展のため、ここ北京でも、車の個人所有はさほど珍しいものではなくなりました。新卒の男性社員にとって購入したい物の一つに必ず自動車が挙がるほど、自動車は市民生活の中で切り離せない物となっています。しかし、急激な社会変化に対して、中国の人々は未だ交通道徳を遵守する「文化」が根付いていないのと思われます。
中国においてモータリゼーションは黎明期を迎えたばかりであり、今後、道路網の整備や駐車スペースの問題といったハード面での整備の外に、安全運転の推進、被害者補償の整備など、ソフト面にも多くの課題を残しています。
今年、中国では北京オリンピックを迎え、世界からさまざまな注目を浴びますが、多くの観光客が訪れるのを機会として、交通道徳のグローバルスタンダードを規範とし、運転マナー向上にも目を向けてもらえたらと願っています。
所長補佐 伊藤 篤宣(新潟市派遣)

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北京の新聞事情
現在、北京で発行されている新聞(日刊紙)は、日本でもお馴染みの人民日報と言った全国紙以外に、主な地元紙として、北京日報、北京青年報、北京晨報、京華時報、新京報(以上、朝刊紙)、北京晩報、法制晩報(以上、夕刊紙)があります。
その他、スポーツや芸能界の情報を専門に扱う新聞もありますが、日刊紙ではありません。
北京日報、北京青年報、北京晨報は どちらかと言うと政治等の堅い内容の記事が多く、その他の新聞は記事の内容も市井の話題等を多く載せ、大衆紙という感じがあります。当然、市民の間では大衆紙の方が、人気があります。
主要な記事の内容は、基本的にどの新聞も同じなのですが、その記事の見せ方等に違いがあります。例えば、北京晩報、法制晩報は同じ夕刊紙ですが、同じ内容の記事でも法制晩報では図表を多く使って見せるなど、読者へできるだけ分かりやすく見せようと努力する姿勢を見ることができます。そういうこともあってか、夕刊紙としては後発組の法制晩報の方が最近は人気があるようです。
中国の新聞は、街角にある新聞スタンドで買うのが基本です。日本の様に個々の家に毎日、配達するサービスもありますが、利用する人は少ないようです。料金は5角(約8円)から1元(約16円)程度で、物価が上がり続ける中国において比較的、値段が安く抑えられており、庶民にとっては格安の娯楽の一つと言えます。
11月27日、北京で初めて、地下鉄の駅で配布される無料新聞の発行が始まりました。この新聞は北京娯楽信報と言い、もともとは有料の朝刊紙として売られていましたが、販売形態を変え、月曜日から金曜日まで毎朝、地下鉄の駅で無料配布されるようになりました。名前のとおり、芸能記事と地下鉄の沿線情報等が充実しています。
私は、毎日、朝は京華時報、夕方、帰宅途中に北京晩報、法制晩報の2紙を買っています。北京へ来てからほぼ毎日、自宅近くの新聞スタンドで買っているので、新聞スタンドのおばちゃんも私の顔を覚えたのか、私が近づくと、向こうの方から先にサッと新聞を渡してくれるようになりました。
新聞を読むことにより、中国社会の動きを知ることができるとともに、新しい言葉等も覚えることができ、中国語学習の面でも有益です。毎日、1.5元(約24円)の中国語学習方法、費用対効果は抜群です。
(所長補佐 橋本浩之(京都市派遣))

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